「まだ5月だから大丈夫」が一番危ない|救急医が解説する高校サッカー熱中症対策
救急科の医師として働いていると、毎年5月の連休明けあたりから、ある搬送が確実に増えてきます。熱中症です。
「まだ5月なのに?」と感じるかもしれません。たしかに統計的な熱中症の搬送ピークは6〜7月。けれど救急現場の感覚としては、真夏のピークよりも5月のほうが「危ない」と感じる場面が多いのが正直なところです。前日まで肌寒かったのに翌日いきなり気温が25℃を超える――そんな急激な気象変化に、選手の身体がついていけないからです。
ちょうど高校サッカーはインターハイ予選が本格化する時期。チーム全員で目標に向かって走っているこのタイミングだからこそ、ちょっとした油断が大きな事故につながらないように、医学的な根拠を交えながら一緒に整理していきましょう。
1.「暑熱順化」という生理学的な盲点
人間の身体は、急激な暑さに即座に対応できる仕組みを持っていません。暑熱順化(Heat Acclimatization)と呼ばれるこの適応プロセスには、少なくとも7日から14日間が必要だとされています。
発汗を伴う運動を一定期間続けることで、
- 循環血液量(血漿量)が増えて心拍数の上昇が抑えられる
- より低い体温から早めに発汗が始まる
- 汗腺のナトリウム再吸収機能が高まり、塩分の少ない「サラサラした汗」をかけるようになる
といった変化が起こり、ようやく身体が「夏仕様」になります。
なぜ5月〜6月が特に危ないのか
問題は、この順化が全く進んでいないタイミングこそ、5月〜6月の高校サッカーシーズンと重なることです。気象庁のデータでも、熱中症が多発するのは真夏のピークだけでなく「梅雨の合間に突然気温が上昇した日」「梅雨明け直後の蒸し暑い時期」が突出して多いことが示されています。
救急現場では、「先週まで普通に練習できていた選手が、急に暑くなった日に倒れた」というパターンがほぼ毎年繰り返されます。指導者として「これくらいなら平気だろう」と感じる気温でも、選手の身体はまだ夏に対応しきれていないのです。
ここでお伝えしたいのは、気温の絶対値だけで判断しないでほしいということ。むしろ「直近1〜2週間の気温推移とのギャップ」こそが、本当のリスク指標になります。前の週まで20℃前後だったところに突然27℃の日が来たら、それは選手の身体にとって真夏並みのストレスなのです。
2. インターハイ予選という危険な重なり
サッカーという競技と5月という時期の組み合わせを、もう少し具体的に考えてみましょう。
試合時間そのものがリスク
インターハイ予選は基本的に35分ハーフ、延長を含めると1試合70〜90分。1人あたりの走行距離が10kmを超えることも珍しくない、長時間・高強度のスポーツです。激しい運動中、人体では安静時の 10〜15倍 もの熱が体内で産生されると言われています。短時間競技であれば身体の放熱機構(発汗・皮膚血管の拡張)が追いつきますが、サッカーのように長時間続く競技では、放熱が間に合わなくなった瞬間から深部体温が急速に上昇していきます。
加えて、近年の高校サッカーは 高いインテンシティ が求められる傾向にあり、走行距離だけでなくスプリント回数や強度の高いプレー機会が増えています。これは選手の身体にとって、それだけ大きな熱負荷がかかるということ。5月〜6月の「暑熱順化未完了」がこの強度に重なれば、相当に警戒したい時期になることが分かります。
「負けたら終わり」の心理が判断を鈍らせる
インターハイ予選はトーナメント形式。負ければ3年生はそこで引退となるため、選手・指導者の双方に強い心理的圧力がかかります。
- 選手側:「ここで言ったらレギュラーから外される」「あと10分なら持つはず」と不調を申告できない
- 指導者側:「主力を下げたら勝てない」「今までも乗り切ってきた」と続行判断を下しやすい
救急現場で見る重症例の多くは、異常を感じてから倒れるまでに「我慢の時間」があるケースです。本人が「おかしい」と気づいてから10分、15分とプレーを続け、最終的に意識を失って搬送される――そんな経過が珍しくありません。
早朝キックオフでも油断は禁物
5月の試合は涼しい時間帯にキックオフしても、ハーフタイムの頃には気温が一気に上がっていることがよくあります。「朝だから大丈夫」と思って水分補給を最小限にすると、後半20分頃に異常が出始めるパターンです。気象条件は試合中ずっとモニタリングし続ける意識を持ちたいところです。
3. WBGTで判断する〜気温だけでは不十分な理由
ここまでで「暑熱順化が間に合わない」「サッカーは熱負荷が大きい」というリスクをお伝えしました。では実際に当日の練習や試合を「やる/やめる」を判断するとき、何を基準にすればいいのでしょうか。
最も信頼できる客観的な指標が WBGT(Wet-Bulb Globe Temperature、暑さ指数) です。日本スポーツ協会(JSPO)も環境省も、熱中症予防の絶対基準として採用しています。
WBGTは「気温・湿度・輻射熱・風」を1つの数値にしたもの
WBGTは、人体の熱収支に影響する4つの環境因子(気温・湿度・輻射熱・風)を統合した指標です。注目したいのは、計算式の中で 湿度を反映する湿球温度の重みが約70%を占める という点。
これは、人体が発汗の気化熱で体温を下げる仕組みにとって、湿度こそが決定的な制約要因であることを意味します。
つまり「気温が30℃を超えていなくても、湿度が高ければ非常に危険」――気象アプリの気温表示だけで判断するのは、サッカー現場では不十分なのです。
環境省の5段階基準
| WBGT | 危険度 | 行動基準 |
|---|---|---|
| 31以上 | 危険(赤) | 運動は原則中止 |
| 28〜31 | 厳重警戒(橙) | 激しい運動は中止・休止時間を長く |
| 25〜28 | 警戒(黄) | 積極的に休息・頻繁な休憩 |
| 21〜25 | 注意(水) | 積極的に水分補給 |
| 21未満 | ほぼ安全(青) | 適時水分補給 |
5月でも湿度の高い日や直射日光が強い日は、WBGTが28や31に達することがあります。「まだ初夏だから」と感覚で判断せず、必ず数字で確認する習慣をつけたいところです。
「熱中症警戒アラート」も毎朝チェック
WBGT計が手元になくても、環境省の熱中症警戒アラート/熱中症特別警戒アラートは前日17時頃と当日朝5時頃に発表されます。発令された日は、エアコンが効いた屋内以外での運動は中止が推奨されます。
毎朝の練習・試合前に、
- 環境省「熱中症予防情報サイト」でその日のWBGT予測値を確認
- アラートの有無を確認
- グラウンドに着いたらWBGT計で実測
この3つを 「靴ひもを結ぶのと同じレベルの当たり前」 にできると、判断のブレが大きく減ります。
4. 最新の予防策〜JSPO 2025年7月改訂のポイント
熱中症対策は、ここ数年で考え方が大きく変わってきています。2025年7月、日本スポーツ協会(JSPO)が6年ぶりに『スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック』を第6版へ改訂し、踏み込んだ予防アプローチを示しました。
最も大きな変化は、長年親しまれてきた 「熱中症予防5ヶ条」の第4条 の書き換えです。
- 旧:【薄着スタイルでさわやかに】(受動的予防)
- 新:【冷やそう、からだの外から内から】(能動的予防)
つまり「環境を整えて待つ」から「身体そのものを冷やしに行く」へとシフトしたわけです。
3つのフェーズで身体を冷やす
新しいガイドラインでは、身体冷却(クーリング)を運動の進行に合わせて 3つのフェーズ で実践することを推奨しています。
| フェーズ | 目的 | 推奨手法 |
|---|---|---|
| ①運動前(プレクーリング) | あらかじめ深部体温を下げ、運動可能時間を延長 | アイススラリーの摂取・クーリングベストの着用 |
| ②運動中・休憩時 | 体温・筋温の上昇を抑制、疲労感とパフォーマンス低下を防ぐ | 手掌冷却・冷水の摂取・局所アイスパック |
| ③運動後(リカバリー) | 上昇した体温を素早く戻し、筋損傷・炎症を抑える | 冷水浴・アイスマッサージ・冷水シャワー |
注目したい2つの手法:アイススラリーと手掌冷却
アイススラリー は、微小な氷の粒子が液体中に分散したシャーベット状の飲み物。氷が液体に変わるときの「融解熱(潜熱)」を利用して、普通の冷水よりはるかに効率的に深部体温を下げられます。市販品もありますし、スポーツドリンクを半冷凍してかき混ぜるだけの自作もOKです。
手掌冷却 は、手のひらを約15℃の冷水に浸す方法。手のひら・足の裏・顔には AVA血管(動静脈吻合) という太い血管網があり、ここを冷やすと冷えた血液が全身を巡って深部体温を下げてくれます。バケツに冷水を張るだけで実施でき、サッカー部の予算規模でも十分取り入れられるアプローチです。
暑熱順化を「計画的に」獲得する
第1節で触れた暑熱順化についても、トレーニング設計に組み込みたいポイントです。5月〜6月初頭は、いきなり真夏想定の長時間メニューを組まず、
- 活動時間を短めに
- 運動強度をやや下げ
- こまめに休憩を挟む
というプログラムで 7〜14日かけて段階的に身体を慣らしていく のが理想です。気温が急上昇した初日にフルメニューをこなすのは、医学的には最も避けたいパターンと言えます。
5. もし発症したら〜30分が選手の命を分ける
予防を尽くしても、熱中症の発症リスクをゼロにすることはできません。だからこそ、いざというときの初動が決定的に重要になります。ここからは、現場で発生したときの判断と処置についてお伝えします。
まず知っておきたい:熱中症の3段階
医学的に熱中症は、重症度によって Ⅰ度〜Ⅲ度 に分類されます。
| 重症度 | 主な症状 | 対応 |
|---|---|---|
| Ⅰ度(軽症) | めまい・立ちくらみ・筋肉痛・大量発汗 | 涼しい場所で休息、水分・塩分補給 |
| Ⅱ度(中等症) | 頭痛・嘔吐・倦怠感・集中力低下 | 医療機関で経過観察、点滴など |
| Ⅲ度(最重症) | 意識障害・全身けいれん・高体温(40℃以上) | 緊急搬送、急速冷却が必須 |
かつて「熱射病」と呼ばれていた病態は現在使われなくなり、その多くがこのⅢ度に該当します。本記事でも以下、運動中に発症するⅢ度の熱中症 = 労作性熱中症(EHS:Exertional Heat Stroke) を中心に解説します。
最初の判断ポイントは「意識」
選手の異変に気づいたとき、指導者がまず確認すべきは 意識の状態 です。
- 呼びかけへの応答が鈍い、ぼーっとしている
- 言動がおかしい、支離滅裂
- 自力で歩行できない、立ち上がれない
これらの兆候が一つでもあれば、労作性熱中症 を強く疑わなければなりません。中枢神経系が熱で直接ダメージを受けている状態で、放置すれば脳出血や多臓器不全に進行する致命的な救急疾患です。
迷わず 救急車を要請 しつつ、到着を待つ間に現場で身体冷却を開始する のが救命の絶対原則です。
「30分以内に深部体温40℃以下」が世界標準
世界のスポーツ医学で推奨されている究極の救命処置が、冷水浸漬法(CWI:Cold Water Immersion) です。2〜20℃に温度調節した冷水で満たした浴槽に、首から下を浸す方法で、東京オリンピックのマラソン救護所でも採用されました。
医学的目標は明確で、発症から30分以内に体温を40℃以下まで下げる こと。これを達成できるかどうかが、後遺症のない救命を分けるラインです。
CWI が用意できない学校現場での代替手段
とはいえ、一般の学校やサッカー部に氷を満たした浴槽を常備するのは現実的ではありません。JSPO のガイドラインでも、次善策として以下が示されています。
- 水道水散布法:水道ホースで全身に冷水をかけ続けながら、扇風機で強い風を当てる(気化熱で冷却)
- 氷水タオル+扇風機+エアコン:エアコン最強の保健室などに搬送し、氷水で濡らしたタオルを次々と交換しながら扇風機の風を当て続ける
- 太い動脈の局所冷却:頸部(首の左右)・腋窩(脇の下)・鼠径部(脚の付け根) に氷やアイスパックを当てる(太い動脈が体表近くを通っているため効率的)
これら3つを組み合わせて実施するのが現実的な落としどころです。
「冷やしすぎが怖い」という迷いは捨てる
最後に、現場で最も大切な心構えをお伝えします。
直腸温などの正確な体温測定機器がない状況では、「冷やしすぎたら低体温症になるのでは」と不安になるかもしれません。けれど 労作性熱中症においては、冷やしすぎによる低体温症のリスクよりも、高体温が持続することによる脳細胞への不可逆的なダメージのほうがはるかに大きい のです。
実は、救命救急センターに搬送された重症熱中症の患者に対して、私たち救急医が真っ先に行うのも「冷却」です。重症例では 血管内冷却カテーテル を使うこともあります。これはバルーン付きのカテーテルで、バルーン内を温度調整された生理食塩液が還流することで血液と熱交換し、深部体温を迅速に下げる装置です。それほどまでに 冷却こそが命を救う最大の処置 であり、これは現場でも病院でも変わりません。
患者本人が「寒い」と訴えるか、身体が震え出す(シバリング)反応を示すまで、または救急隊が現場に到着して引き継ぐまで、冷却を躊躇なく続ける ――これが指導者に課せられた究極の救命行動です。
6. 指導者の責任〜「精神論」では済まない時代
ここまで医学的な話を中心にしてきましたが、最後に少し別の角度からお伝えしたいことがあります。それは、熱中症事故が起こったときに指導者が負う 法的な責任 が、近年大きく重くなっているという現実です。
安全配慮義務とは
学校の教員や部活動の顧問、地域クラブの指導者は、参加する選手の生命と身体の安全を守る 「安全配慮義務」 を法的に負っています。これは「事故が起きたら結果論で責められる」という曖昧なものではなく、事前に予見可能なリスクに対して、客観的・科学的な対策を講じる責務 を意味します。
大分県の「求償権」判決が突きつけたもの
象徴的な判例として、大分県立高校の剣道部で起きた熱中症死亡事故をめぐる裁判があります。
通常、公立学校で教員の過失により生徒が損害を受けた場合、国家賠償法によって賠償責任は教員個人ではなく行政(自治体)が負う仕組みになっています。しかしこの裁判では、行政が遺族に多額の賠償をした後、顧問教諭の重過失を理由に、行政側から当該教員個人に対して賠償額の返還を求める「求償権」が認められました。
具体的には、
- 「自分たちの時代は水を飲まずに耐えた」と科学的根拠のない指導を続けた
- WBGTなどの公的基準を無視した
- 部員の不調の訴えに耳を貸さなかった
といった行為が「重過失」と判断されると、もはや組織の陰に隠れることはできず、指導者個人が巨額の賠償を負う可能性がある 時代に入ったのです。
「組織」と「心理的安全性」で守る
このような厳しい現実を前にすると、指導者一人で全てを背負うのは負担が大きすぎます。だからこそ、チームや学校として組織的に安全管理体制を整える ことが大切になります。
- WBGT計をベンチに常備し、定点観測の習慣をつくる
- 環境省の熱中症警戒アラートを毎朝チェックする運用を定める
- 体調不良の選手を「勇気を持って外す」判断を、チーム全体で支える文化をつくる
そしてもう一つ重要なのが、選手側からの申告がしやすい雰囲気 です。研究の世界では「心理的安全性(Psychological Safety)」と呼ばれ、近年スポーツ現場でも注目されています。
「ここで言ったらレギュラー外される」「迷惑をかけたくない」――そんな空気があると、選手は限界まで我慢してしまいます。「不調を申告すること=チームへの貢献」 という価値観を、日頃の練習から指導者の口から伝えておくこと。これが事故を防ぐ最後の砦になります。
まとめ:選手の夏を、みんなで守るために
5月の急な暑さで救急搬送が増えるたびに、現場で痛感することがあります。それは、熱中症の多くが 科学的な対策によって確実に防げる事故 だということです。
本記事のポイントを最後に振り返ります。
- 暑熱順化には7〜14日。5月のいきなりの暑さは身体が追いついていない
- WBGTで客観的に判断する。気温だけでは不十分
- JSPO第6版「冷やそう、からだの外から内から」を3フェーズで実践
- 発症時は意識をチェック、Ⅲ度を疑ったら30分以内の冷却が命を分ける
- 指導者は組織と心理的安全性でチームを守る
インターハイ予選はこれからが本番。3年生にとっては最後の夏につながる大切な試合の連続です。だからこそ、「まだ5月だから大丈夫」ではなく「5月だからこそ気をつけよう」 という意識を、チーム全員で共有していけたらと思います。
選手たちが思い切ってプレーできる夏を、医学と科学の力でみんなで守っていきましょう。
なお、本サイトでは 全国47都道府県の高校サッカーリーグ順位 を毎週更新しています。お気に入りのチームを応援しながら、こうした安全管理にも目を向けていただけたら嬉しいです。