健康な心臓でも、胸へのボール直撃のタイミング次第で心停止が起きる「心臓振盪」。FIFAの世界規模レジストリが記録したサッカーでの実数、倒れた選手を見たときの確認手順と死戦期呼吸の罠、胸骨圧迫とAED、AEDまでの距離の目安(150m)、女子選手へのAEDがためらわれている問題、そして助かったあとの競技復帰まで、救急科専門医が一次資料にあたって解説します。
胸にボールが当たって倒れたら|心臓振盪と「最初の3分」を救急医が解説
【この記事の要約】 胸へのボール直撃のタイミングが悪いと、心臓に病気のない選手でも心室細動(心停止)が起きることがある——これが心臓振盪です。FIFAの世界規模のレジストリでは、サッカー中の突然死・心停止617件のうち14件が心臓振盪で、その11件はボールが胸に当たったものでした。倒れた選手を見たら、①反応の確認、②普段どおりの呼吸があるかの確認(しゃくり上げるような「死戦期呼吸」は呼吸なしと判断)、③迷ったら胸骨圧迫(深さ約5cm・テンポ100〜120回/分)、④AEDを最速で装着。3分未満に蘇生が始まった例の生存率は40%、3分を超えると5%です。AEDは「現場から150m以内」が目安。日本の学校では女子生徒へのAED装着率が男子より大幅に低く(高校で55.6%対83.2%)、服を全部脱がせなくてよいことを事前に共有しておく必要があります。心臓検診では心臓振盪は防げませんが、助かったあとは精査で異常がなければ競技に戻れます。執筆:救急科専門医。
このサイトで医学コラムを始めたとき、いつか必ず書こうと決めていたテーマがあります。それが今回の心臓振盪(しんぞうしんとう)と、倒れた選手への「最初の3分」です。
熱中症や捻挫とちがい、めったに起きることではありません。しかし、ひとたび起きれば数分の対応で生死が分かれ、そしてその場にいる人にしか救えません。救急医は病院で待っていても間に合わないのです。夏の大会シーズン、グラウンドに立つ選手・保護者・指導者のみなさんに、この記事だけは読んでおいてほしいと思います。
心臓振盪とは——健康な心臓でも止まることがある
心臓振盪(英語では commotio cordis)は、胸部への衝撃が「悪いタイミング」で加わることによって、心室細動という致死的な不整脈が起きる現象です。
心臓は電気信号で規則正しく拍動していますが、その1回ごとのサイクルの中に、電気的にきわめて不安定なごく短い時間帯(受攻期と呼ばれる、わずか数十ミリ秒の窓)があります。ボールや相手選手の膝・肘などの衝撃がこの一瞬に重なると、心臓に何の病気がなくても、心室細動——心臓がけいれんして血液を送り出せなくなる状態——が起きることがあります。
重要なポイントは3つです。
- 健康な心臓に起きる。心臓検診で「異常なし」でも関係ありません。
- 若い世代に多い。胸壁(肋骨や筋肉)が薄く衝撃が心臓に伝わりやすい10代、特に男子に多く報告されています。
- 衝撃の強さよりタイミング。骨折するような強打である必要はなく、サッカーボールの直撃でも起こりえます。ゴール前でシュートを胸で止めようとした瞬間、至近距離のクリアが当たった瞬間——サッカーの日常的なワンシーンです。
サッカーでは実際にどれくらい起きているのか
「めったにない」とだけ言われても、実感が湧かないと思います。世界規模の数字がひとつあります。
FIFAは2014年から2018年にかけて、世界67か国からサッカー中(または終了後1時間以内)の突然死・心停止を集めるレジストリを運営しました。集まったのは617件。このうち死因が特定できたのは211件で、そこに心臓振盪が14件含まれていました(7件は剖検で確定、7件は状況から強く疑われるもの)。35歳以下で診断が確定した152件に限ると、9%が心臓振盪という計算になります。
内訳を見ると、サッカーらしさがはっきり出ています。
- 11件(79%)はボールが胸に当たったもの
- 3件(19%)はタックルで、相手の肘や拳が前胸部に入ったもの
- 平均年齢は22±6歳
- そして14件のうち、6件(43%)は救命されています
数として多くはありません。ただ、「サッカーでは起きない」わけではないこと、そして起きたときに助かるかどうかは、その場の対応で決まっていること。この2つが、この数字から読み取るべきことだと思います。
なぜ「強さ」ではなく「タイミング」なのか
ここは少し踏み込んだ話になりますが、知っておくと現場の判断が変わるので書きます。ブタを使った実験で、心室細動が起きる条件はかなり細かく分かっています。
まずタイミング。衝撃が心臓を止めるのは、心電図のT波のピークの10〜30ミリ秒前という、ごく狭い時間帯に当たったときだけです。心拍数が1分間に60回なら心臓の1サイクルは1秒ですから、1周期のわずか2%前後。裏を返せば、胸にボールが当たっても98%は何も起きない。コンタクトスポーツが毎日行われているのに心臓振盪がまれである理由がここにあります。 ただし——心拍数が上がると、この危険な時間帯が占める割合は大きくなります。走り回っている試合中は、じっとしているときより確率が上がる計算です。
もうひとつ意外なのが速さとの関係です。同じ実験で硬球の速度を変えたところ、心室細動の発生率はこうなりました。
| 衝撃の速さ | 心室細動の発生率 |
|---|---|
| 時速32km(20マイル) | 0% |
| 時速48km(30マイル) | 27% |
| 時速64km(40マイル) | 68%(最大) |
| 時速80km(50マイル) | 53% |
| 時速113km(70マイル) | 38% |
時速64km前後が最も危険で、それより速くても遅くてもリスクは下がるという山型の関係でした。速すぎる衝撃では、心臓が電気的に乱れる前に組織そのものが壊れてしまう(それは心臓挫傷という別のケガになります)ためと考えられています。
つまり心臓振盪は、骨を折るほどの強打ではなく、サッカーで毎日起きている速度帯の衝撃で起こる現象です。「たいした強さじゃなかったから大丈夫」——この判断が、いちばん危ない。
倒れた選手を見たら——最初の10秒でやること
心臓振盪かどうかを現場で診断する必要はありません。見るべきはただ一つ、「心停止かどうか」です。次の2つを確認します。
① 反応の確認:肩を叩きながら大声で呼びかける。目を開けない・返事がない・目的のある動きがないなら「反応なし」。
② 呼吸の確認:胸とお腹の動きを10秒以内で見る。「普段どおりの呼吸」がなければ心停止として行動します。
ここに、医療者でも間違える有名な罠があります。死戦期呼吸(しせんきこきゅう)です。心停止直後の人は、しゃくり上げるように、あえぐように、口をパクパクさせることがあります。これは呼吸ではなく心停止のサインなのですが、「息をしている」と誤認されて胸骨圧迫が遅れる事例が後を絶ちません。
覚え方はシンプルです——「普段どおりの呼吸」でなければ、呼吸なし。迷ったら胸骨圧迫。 心臓が動いている人に胸骨圧迫をしてしまうことのデメリットより、心停止の人に胸骨圧迫をしないことのデメリットの方が、比べものにならないほど大きいのです。
これは「まれな例外」の話ではありません。日本救急医療財団のガイドラインには、東京マラソンでは目撃された心停止の9割近くが死戦期呼吸を呈していたと記されています。9割です。つまり心停止の標準的な見え方が、この「あえぐような呼吸」なのだと考えておいたほうがいい。
同じガイドラインは、日本のデータとして一般の人が心停止を目撃してから119番通報するまでに2〜3分かかっていることにも触れています。この2〜3分は、そのまま生存率の低下に直結します。「様子を見る」時間の余裕は、ここにはありません。
先ほどのFIFAのレジストリでも、心肺蘇生が遅れた149件のうち81%は「症状を見誤った・気づかなかった」ことが理由でした。技術ではなく、認識でつまずいているのです。
現場対応の流れ(保存版)
| 手順 | やること | ポイント |
|---|---|---|
| 1 | 反応の確認 | 肩を叩いて大声で呼びかける |
| 2 | 応援を呼ぶ | 「119番通報お願いします」「AED持ってきてください」と名指しで依頼 |
| 3 | 呼吸の確認(10秒以内) | 普段どおりの呼吸がなければ心停止と判断。死戦期呼吸に注意 |
| 4 | 胸骨圧迫 | 胸の真ん中を約5cm・100〜120回/分・絶え間なく。1〜2分ごとに交代 |
| 5 | AED装着 | 届いたら即、電源ON。音声ガイダンスに従う。機械が心電図を自動判定 |
| 6 | 救急隊に引き継ぐ | 到着まで胸骨圧迫とAEDの指示を繰り返す |
胸骨圧迫とAED——「迷ったら押す、迷ったら貼る」
胸骨圧迫は、胸の真ん中(胸骨の下半分)を約5cm沈む深さで、1分間に100〜120回のテンポで押します。曲のリズムでいうと「アンパンマンのマーチ」や「Stayin’ Alive」がちょうどこの速さです。強く・速く・絶え間なく、そして押したら胸をしっかり元に戻す。疲れると深さが浅くなるので、人がいれば1〜2分ごとに交代します。
そしてAED。心室細動を止める唯一の確実な方法は電気ショック(除細動)です。除細動が1分遅れるごとに救命率は7〜10%ずつ下がるとされ、逆に3分以内にショックができれば救命の可能性は大きく高まります。救急車の到着には平均で約10分かかります。つまり、その場のAEDだけが間に合うのです。
「使って大丈夫だろうか」とためらう必要はありません。AEDは装着すると心電図を自動で解析し、電気ショックが必要な心臓にしか作動しないよう設計されています。「貼ったのにショックは不要と言われた=無駄だった」ではなく、機械が正しく判断してくれた、それだけのことです。電源を入れれば音声が全手順を案内してくれます。
数字で見る「3分」
抽象的な話に聞こえるかもしれないので、数字を並べます。
米国の心臓振盪レジストリの解析では、倒れてから3分未満に蘇生が始まった例の生存率は40%、3分を超えた例では5%でした。8倍の差です。
そして、この病態の見通しはこの30年で大きく変わりました。日本循環器学会と日本AED財団の提言も、この米国の数字を引いています。
- 1970〜1993年の生存率:10%
- 2006〜2012年の生存率:58%
- 現場でAEDが使われた場合:69% / 使われなかった場合:25%
2026年に発表された最新のレビューでも、2012年以降のスポーツ中の症例で53%と、5割を超える水準で推移しています。
新しい薬ができたわけではありません。 AEDが街とグラウンドに置かれ、その場に居合わせた人が胸骨圧迫を始めるようになった。それだけで、10%が5割を超えるところまで来たということです。
誰が動くかで、ここまで変わる
先ほどのFIFAのレジストリには、「誰がどう動いたか」で結果がどう変わったかも記録されています(サッカー中の心停止617件全体。心臓振盪に限った数字ではありません)。
| その場の対応 | 生存率 |
|---|---|
| 全体 | 23% |
| 居合わせた一般の人がすぐ心肺蘇生 | 35% |
| 訓練を受けた人がすぐ心肺蘇生 | 50% |
| 訓練を受けた人が心肺蘇生+その場のAED | 85% |
| (参考)救急隊の到着を待って除細動 | 47% |
そしてもうひとつ、この記事でいちばん伝えたい数字かもしれません。最初に手当てをしたのは、監督でも医療スタッフでもなく「選手自身」が最多でした(273件中99件、36%)。
倒れた選手のいちばん近くにいるのは、いつだってチームメイトです。指導者だけでなく選手にこそ、胸骨圧迫とAEDを教えておく意味が、この数字に表れています。
あなたのグラウンドのAEDはどこに?——試合前1分の習慣
ここが、この記事でいちばん実践してほしい部分です。
心停止への備えは、起きてから探すのでは間に合いません。会場に着いたら、ウォーミングアップの前に「AEDの場所」と「誰が取りに走るか」を確認する。これをチームの習慣、できれば大会会場の文化にしてほしいのです。
- 学校なら職員室・保健室・体育館・玄関ホール。休日は校舎が施錠されていて取り出せないケースもあるため、休日開催の試合ではとくに事前確認が重要です。
- 公共グラウンドなら管理棟・受付。会場によってはピッチから数百メートル離れていることもあります。往復何分かかるか、一度歩いて確かめる価値があります。
- 日本救急医療財団の全国AEDマップで、近隣の設置場所を地図上で調べられます。
「AED係」を決めておくのも有効です。緊急時、人は「誰かがやるだろう」と動けなくなります(傍観者効果)。「◯◯先生が119番」「マネージャーの◯◯がAED」と役割を名前で決めておくだけで、初動は見違えるほど速くなります。
「近くにある」の目安は150m
「近くにあれば安心」と言われても、何メートルなら近いのか分かりません。ここに具体的な数字があります。
日本循環器学会と日本AED財団が2018年に出した提言「スポーツ現場における心臓突然死をゼロに」は、一般に言われる「5分以内の電気ショック」よりさらに踏み込んで、スポーツ現場では「倒れてから3分以内」を目標に掲げました。そこから逆算した目安がこれです。
例えば300m間隔にAEDを設置し、その間で心停止が起こった場合には、現場から150m以内の距離となり、150m/分の速度で走れば往復2分以内にAEDが届く計算になる。 ——提言「スポーツ現場における心臓突然死をゼロに」(日本循環器学会・日本AED財団、2018年)
現場から150m。走って往復2分。これが「間に合う距離」の目安です。自分のグラウンドで、いちばん遠いコーナーからAEDまで何メートルあるか——一度、歩いて数えてみてください。
もうひとつ、日本救急医療財団の「AEDの適正配置に関するガイドライン」(2018年12月補訂)には、学校関係者にぜひ知っておいてほしい一文があります。
たとえば学校では運動に関連した心停止が多いことから、保健室より運動施設への配置を優先すべきである。
同じガイドラインは、規模の大きな学校では複数台が必要なこと、土日祝日や夜間に運動場・体育館が開放されているときも使えるよう配慮すべきことにも触れています。そして少年スポーツについては、こうです。
少年スポーツはAEDが常設されていない小規模な施設、球場などで開催される場合も多く、これら心臓震盪のリスクを伴う競技を行う団体は、AEDを携帯するなどの準備をしておく必要がある。
つまり公的なガイドラインは、チームが自前でAEDを持ち歩くことまで想定しています。合宿や遠征、河川敷のグラウンドでの練習試合——AEDが常設されていない場所で活動する機会は、思っているより多いはずです。
「学校にAEDはあります」で終わらせない。それがグラウンドから150m以内にあるか、休日に取り出せるか。ここまで確認して、はじめて備えになります。もし条件を満たしていなければ、上の2つの引用を印刷して学校に持っていってください。公的なガイドラインにこう書いてあるという事実は、交渉の場でかなり強いはずです。
女子選手が倒れたとき——ためらいが、AEDを止めている
これはあまり語られませんが、日本のデータではっきり出ている問題です。
大阪大学・京都大学などの研究グループが、2008年から2015年に学校の管理下で起きた児童生徒の心停止232件を解析しました。高校生・高専生(119件)の結果はこうです。
- AEDのパッドを装着された割合:男子 83.2%(84/101) 対 女子 55.6%(10/18)
- 発生場所や目撃の有無などを調整した解析でも、女子は有意に装着されにくかった(調整オッズ比0.26、95%信頼区間0.08〜0.87)
一方で、胸骨圧迫の実施率には男女差がありませんでした(女子77.8%、男子87.1%、有意差なし)。中学生でも装着率に有意差はなく、差がはっきり出たのは高校生の、しかも「AEDのパッドを貼る」という一点だけでした。
助けようという気持ちがないわけではないのです。胸骨圧迫は同じようにされている。止まっているのは「服を脱がせていいのか」というところ——研究者もそう考察しています(ただしこれは著者らの推測であり、理由そのものが測定されたわけではありません。またこの研究は、生存率に男女差があったかまでは調べていません)。
答えは、公的な指針にすでに書かれています。
ブラジャーなど下着の上に電極パッドを貼ってはいけません。適切な位置に貼り付けるために下着が邪魔になる場合には、下着を切るか、ずらして、電極パッドを貼り付ける部位の肌を露出させます。女性の胸を露出させることはためらいがちですが、電極パッドを正しく貼り付けることを優先します。そのさいに、できるかぎり人目にさらさない配慮も大事です。 ——『救急蘇生法の指針2020(市民用)』(日本救急医療財団心肺蘇生法委員会 監修)
「優先する」と「配慮する」が両方書いてあるのが大事なところです。どちらかを捨てる必要はありません。現場でできることは、はっきりしています。
- 服を全部脱がせる必要はない。パッドを貼る場所の肌が出ればよく、下着はずらすか切る。胸骨圧迫の段階では、そもそも脱がせなくてよい
- パッドを貼ったあとは、上から服やタオルをかけてよい。AEDの働きには影響しません(日本AED財団)
- 人垣を作る。救助する人以外が背を向けて外向きに立つだけで、視線はかなり遮れます
- チームの救急バッグに大判のタオルやレインコートを1枚入れておく。東京都の保健所では、この「かける布」をAEDに併設する取り組みが始まっています
そして何より、これを事前にチームで話しておくこと。その場で初めて考えたのでは、判断は必ず遅れます。遅れた分だけ、助かる確率が下がる。女子チームを預かる指導者の方、女子選手の保護者の方には、この節だけでも共有していただきたいと思います。
学校心臓検診の意味と限界
日本では学校健診の一環として心電図スクリーニング(小1・中1・高1)が行われており、肥大型心筋症やQT延長症候群といった突然死のリスクになる心臓病を見つける仕組みとして機能しています。検診で要精査と言われたら、部活を続けるためにこそ、必ず循環器の専門医を受診してください。
ただし、ここまで読んだ方はもうお分かりのとおり、心臓振盪は心臓が正常でも起きるため、検診では防げません。「検診で異常なしだから安心」ではなく、「誰にでも起こりうるから、AEDと胸骨圧迫の備えをしておく」——これが正しい理解です。
助かったあと——サッカーに戻れるのか
ここまでは「助ける話」でした。最後に、助かったあとの話をします。保護者から必ず聞かれることだからです。
かつては、一度でも心停止を起こしたアスリートには競技からの引退が勧められるのが一般的でした。いまは、はっきり変わっています。
まず、徹底的に調べます。心電図、心エコー、心臓MRI、ホルター心電図、運動負荷試験——これらを使って、「衝撃だけで起きた心臓振盪」なのか、それとも「もともとあった心臓の病気が、軽い衝撃をきっかけに顔を出した」のかを見分けます。肥大型心筋症、不整脈原性右室心筋症、QT延長症候群、ブルガダ症候群といった病気を、ひとつずつ除外していく作業です。米国心臓協会・米国心臓病学会の推奨では、この精査はClass I(実施すべき)とされています。
ここで一点、注意があります。蘇生した直後の心電図では、QT間隔が延びていることがよくあります。これは心停止そのものの影響であることが多く、生まれつきのQT延長症候群とは限りません。多くは数日で戻りますが、退院時になお異常が残る例も2割ほどあると報告されています。一度の心電図で決めつけず、日を変えて撮り直すことが必要です。
そのうえで基礎疾患が見つからなければ、練習・試合への復帰は安全とされています(AHA/ACC 2015、Class IIa/エビデンスレベルC)。エビデンスレベルCは「専門家の意見や少数の経験に基づく」というもっとも弱い区分で、大規模な研究の裏づけがあるわけではありません。それでも復帰が認められているのは、この現象の性質によります。2024年の米国不整脈学会(HRS)の専門家コンセンサスは、心臓振盪は心周期にミリ秒単位で偶然一致した外的な出来事であり、再発のリスクを伴わないと明記しています。
もちろん、精査で何か見つかれば話は別で、その病気ごとの方針(植込み型除細動器、薬、競技レベルの調整など)になります。ですが——「一度倒れたからサッカーは終わり」ではありません。まず徹底的に調べる。何もなければ、戻れる。これが現在の答えです。
チームの緊急時対応計画(EAP)——紙1枚でいい
スポーツ現場の安全管理では、EAP(Emergency Action Plan:緊急時対応計画)という考え方が広まりつつあります。難しいものではありません。紙1枚に、次の項目を書いて部室とベンチに貼っておくだけです。
- 会場ごとのAEDの場所(ホームグラウンド+よく使う会場)
- 役割分担:119番通報係/AED係/救急車誘導係
- 救急車の進入経路と、住所・目印の言い方
- 近隣の救急対応病院
JFA(日本サッカー協会)もスポーツ現場での突然死対策・AED活用を推進しています。指導者講習などで学ぶ機会があれば、ぜひ心肺蘇生の実技を一度体験してください。一度でも人形で押した経験があるかどうかが、本番の一歩目を変えます。
まとめ——救えるのは、その場にいるあなた
- 心臓振盪は、健康な心臓でも胸への衝撃のタイミング次第で起きる心停止。10代男子に多い。
- サッカーでも実際に起きている。FIFAのレジストリでは14件中11件がボールの胸部直撃、3件はタックルでの肘・拳。
- 危ないのは強さではなく速さとタイミング。時速64km前後がいちばん危険で、それより速くても遅くてもリスクは下がる。
- 倒れた選手には反応と「普段どおりの呼吸」を確認。しゃくり上げる死戦期呼吸は「呼吸なし」。東京マラソンでは目撃例の9割近くがこれだった。
- 迷ったら胸骨圧迫(約5cm・100〜120回/分)、届いたら即AED。機械が判断してくれるので、ためらわない。
- 3分未満に蘇生開始で生存率40%、3分超で5%。AEDの目安は現場から150m以内・往復2分。
- ガイドラインは「学校では保健室より運動施設への配置を優先すべき」と明記。休日に取り出せるかも確認を。
- 女子選手へのAEDは使われにくい(高校で55.6%対83.2%)。服は全部脱がせなくてよい。事前にチームで話しておく。
- 心臓検診で心臓振盪は防げない。だからこそ「起きた後の備え」がすべて。
- 助かったあとは、精査で異常がなければ競技に戻れる。「一度倒れたら終わり」ではない。
救急外来で数多くの心停止症例を経験してきた立場から、はっきり言えることがあります。救急隊や病院に運ばれてきた時点での差よりも、倒れた直後の数分間に、そばにいた人が動けたかどうかの差の方が、はるかに大きい。グラウンドで倒れた選手を救えるのは、監督でも救急医でもなく、その瞬間にいちばん近くにいたあなたです。
関連記事・参考リンク
- 脳震盪と競技復帰(RTP)を救急医が解説 — 同じ「現場の救急対応」シリーズ
- サッカーの熱中症対策|危険なサインと応急処置 — 倒れた選手への現場対応つながり
- 真夏の水分補給戦略 — 夏の大会を戦い抜く準備
- インターハイ2026 特設ページ — 7/25開幕・全国大会の最新結果
- 外部リンク:日本AED財団/JFAメディカル(日本サッカー協会)
主な参考資料
本記事で挙げた数字は、以下の一次資料で確認したものです。
- Egger F, Scharhag J, Kästner A, Dvořák J, Bohm P, Meyer T. FIFA Sudden Death Registry (FIFA-SDR): a prospective, observational study of sudden death in worldwide football from 2014 to 2018. Br J Sports Med. 2022;56(2):80-87.(サッカーでの発生数・蘇生の状況別生存率)
- Link MS, Wang PJ, Pandian NG, et al. An experimental model of sudden death due to low-energy chest-wall impact (commotio cordis). N Engl J Med. 1998;338:1805-1811.(受攻期のタイミング)
- Link MS, Maron BJ, Wang PJ, VanderBrink BA, Zhu W, Estes NAM 3rd. Upper and lower limits of vulnerability to sudden arrhythmic death with chest-wall impact (commotio cordis). J Am Coll Cardiol. 2003;41:99-104.(球速と心室細動の発生率)
- Maron BJ, Haas TS, Ahluwalia A, Garberich RF, Estes NAM, Link MS. Increasing survival rate from commotio cordis. Heart Rhythm. 2013;10(2):219-223.(生存率の推移・3分の壁)
- Link MS, Estes NAM 3rd, Maron BJ. Eligibility and Disqualification Recommendations for Competitive Athletes With Cardiovascular Abnormalities: Task Force 13: Commotio Cordis. Circulation. 2015;132:e339-e342.(競技復帰の推奨)
- 2024 HRS expert consensus statement on arrhythmias in the athlete: Evaluation, treatment, and return to play. Heart Rhythm. 2024.(再発リスク・蘇生後の心電図)
- Matsui S, Kitamura T, Kiyohara K, et al. Sex Disparities in Receipt of Bystander Interventions for Students Who Experienced Cardiac Arrest in Japan. JAMA Netw Open. 2019;2(5):e195111.(女子生徒へのAED装着率)
- 日本循環器学会・日本AED財団. 提言「スポーツ現場における心臓突然死をゼロに」 2018年4月.(3分以内・150mの目安)
- 一般財団法人日本救急医療財団. AEDの適正配置に関するガイドライン 平成30年12月25日補訂.(学校での配置・少年スポーツでの携帯)
- 日本救急医療財団心肺蘇生法委員会 監修. 『救急蘇生法の指針2020(市民用)』改訂6版.(女性へのパッド装着)
※本記事の図解3点は、当サイトが収集・整理した医学資料をもとに Google Gemini(Notebook)で作成したものです。
※本記事は一般的な医学情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療に代わるものではありません。実際の救命処置は、消防署や日本赤十字社などが実施する講習での実技練習をおすすめします。
よくある質問
Q. 心臓振盪(しんぞうしんとう)とは何ですか?
A. 胸に強い衝撃が加わった瞬間のタイミングが悪いと、心臓の病気がない健康な人でも心室細動という不整脈が起きて心停止に至る現象です。心臓の拍動サイクルの中に電気的に不安定なごく短い時間帯があり、そこにボールなどの衝撃が重なると発生します。胸壁が薄い若い世代、特に10代の男子に多いと報告されています。
Q. AEDはどこにありますか?
A. 学校では職員室・保健室・体育館・玄関ホールなどに設置されていることが多く、公共のグラウンドや体育施設では管理棟や受付に置かれているのが一般的です。ただし場所は施設ごとに違うため、試合や練習の会場に着いたら「AEDはどこか」「誰が取りに走るか」を最初に確認しておくことが重要です。日本救急医療財団の全国AEDマップやアプリで事前に調べることもできます。
Q. 胸骨圧迫はどのくらいの深さ・速さで行えばよいですか?
A. 胸の真ん中(胸骨の下半分)を、約5cm沈む深さで、1分間に100〜120回のテンポで、絶え間なく押し続けます。押した後は胸がしっかり元の高さに戻るよう力を抜くことも大切です。救急車が来るまで続けるのは大変なので、複数人で1〜2分ごとに交代するのが現実的です。
Q. 学校の心臓検診を受けていれば心臓振盪は防げますか?
A. 防げません。心臓検診(心電図スクリーニング)で見つけられるのは肥大型心筋症やQT延長症候群など「心臓にもともとある病気」です。心臓振盪は心臓が正常な人にも起きるため、検診では予測できません。だからこそ、倒れた選手への迅速な胸骨圧迫とAEDという「起きた後の備え」が唯一の対策になります。
Q. 女子選手にもAEDのパッドを貼っていいのですか。服を脱がせることに抵抗があります。
A. 貼ってください。日本の学校で起きた心停止を調べた研究では、高校生・高専生で女子生徒へのAEDパッド装着率は55.6%と、男子の83.2%を大きく下回っていました。一方で胸骨圧迫の実施率に男女差はなく、ためらいが生じているのは「胸を出す」場面だけだと考えられています。『救急蘇生法の指針2020(市民用)』は、下着が邪魔なら切るかずらして肌を出し、電極パッドを正しく貼ることを優先するよう明記しています。服を全部脱がせる必要はありません。パッドを貼ったあとに上から服やタオルをかけてもAEDの働きには影響しないので、人垣を作る・布をかけるといった配慮と両立できます。
Q. 心臓振盪で心停止から助かった選手は、サッカーに戻れますか?
A. 多くの場合、戻れます。まず心電図・心エコー・心臓MRI・ホルター心電図・運動負荷試験などで、肥大型心筋症やQT延長症候群といった隠れた心臓病がないことを徹底的に確認します(米国心臓協会・米国心臓病学会の推奨ではClass I)。そのうえで基礎疾患が見つからなければ、練習と試合への復帰は安全とされています(同 Class IIa/エビデンスレベルC)。2024年の米国不整脈学会の専門家コンセンサスは、心臓振盪は心周期にミリ秒単位で偶然一致した外的な出来事であり「再発のリスクを伴わない」と明記しています。ただし精査で何らかの病気が見つかった場合は、その病気ごとの方針に従うことになります。