インターハイ2026のサッカー本大会は、7月25日(土)〜8月1日(土)、福島県のJヴィレッジを中心に開催されます。52校が出場し、優勝するチームは8日間で最大6試合を戦う——日本の高校サッカーで最も過酷な「真夏の連戦」です。
5月に「まだ5月だから大丈夫」が一番危ないという記事で予選期の熱中症対策をお伝えしましたが、本大会はステージが違います。7月下旬〜8月上旬は、救急搬送される熱中症患者が1年で最も多い時期。そこに連戦・宿舎生活・移動疲労が重なります。今回は「本大会仕様」の暑熱対策を、選手・保護者・指導者それぞれの視点で整理します。
1. なぜ「本大会」は予選より危ないのか
試合時間は70分(35分ハーフ)と通常より短く設定されています。それでも救急医として警戒する理由が4つあります。
- 時期が真夏のピーク:梅雨明け直後〜8月上旬は体がまだ猛暑に慣れていない人も多く、熱中症搬送数が年間最多になる時期です
- 連戦による「脱水の持ち越し」:1試合で失った水分と塩分は、自覚がないまま翌日に持ち越されます。大会後半ほど、見た目は元気でも「貯金を切り崩した状態」で試合に入ることになります
- 環境の変化:宿舎の食事・慣れない寝具・移動疲労は、water balance(水分収支)と睡眠の質を静かに削ります
- 「ここで倒れたら終わり」の心理:全国の舞台では選手は限界を申告しにくく、発見が遅れやすい——これは救急の現場で痛感することです
2. 大会前2週間:今からできる最大の対策は「暑熱順化」
体は暑さに「慣らす」ことができます。これを暑熱順化(しょねつじゅんか)と呼び、医学的には次の変化が起こります。
- 汗をかき始めるタイミングが早くなり、発汗量が増える(=冷却能力が上がる)
- 汗に含まれる塩分が減る(=塩分喪失が減る)
- 同じ運動でも心拍数と深部体温の上がり方が小さくなる
- 血漿量(血液の水分量)が増え、暑さへの余力が生まれる
この適応は暑い環境での運動を1日60分程度、1〜2週間続けることで獲得できます。逆に、冷房の効いた環境で休んでいると数日〜1週間で失われ始めます。大会まで約1か月半の今は、夏の試合に向けて練習の中で計画的に「暑さに触れる時間」を作る最適のタイミングです(もちろん、順化練習そのものでの熱中症に注意しながら、強度は段階的に)。
あわせて、「朝起きてすぐ・排尿後の体重」と「尿の色」を毎日記録する習慣を今から作っておいてください。大会中の脱水チェック(後述)は、平常時の基礎値があって初めて機能します。
3. 大会中の選手:1日の「水分・冷却ルーティン」
試合前
- 水分は試合の2〜3時間前までに500ml程度を目安に計画的に。直前の一気飲みは胃に残って動けなくなるだけで、体には入りません
- 可能ならアイススラリー(氷を細かく砕いたシャーベット状の飲料)をウォームアップ後〜キックオフ前に。体の中から深部体温を下げる「プレクーリング」として有効です
- ウォームアップは内容を絞って短く。試合前に深部体温を上げすぎないこともプレクーリングの一部です
試合中
- 飲水タイム・クーリングブレイクは「飲む」だけでなく「冷やす」時間。首・脇の下に加えて、手のひらと前腕を冷水につける冷却は、効率よく熱を逃がせる方法として注目されています
- ベンチにクーラーボックス(氷水・冷却タオル・予備ドリンク)を必ず
試合後(ここが連戦の分かれ目)
- 試合直後に体重を測る:試合前との差が、失った水分量です
- 体重1kg減につき約1.5Lを「数時間かけて」補給:一気飲みではなく、食事と一緒に少しずつ。食事に含まれる塩分が水分を体に保持してくれます
- 冷たいシャワーや水風呂で体温を早めにリセットし、睡眠を最優先(試合前夜の睡眠戦略も参考に)
翌朝のセルフチェック(連戦中は毎朝)
- 朝体重が前日比2%以上減っている(例:60kgの選手で1.2kg以上)
- 尿の色が濃い黄色〜茶色っぽい
- 起床時の倦怠感・頭痛・食欲低下
このどれかがあれば、回復が追いついていないサインです。その日の練習量や起用について、必ず指導者・帯同スタッフと共有してください。「黙って頑張る」が一番危険です。
4. 経口補水液とスポーツドリンクの使い分け
よく混同されますが、役割が違います。
- スポーツドリンク:糖分でエネルギーも補給する「運動中・運動前後」の飲料。大量発汗する試合日はこちらが基本
- 経口補水液(ORS):塩分が多く糖分控えめの「脱水の治療・回復」用。すでに脱水症状があるとき、嘔吐・下痢があるとき、体重が戻らないときの選択肢
- 普段の生活や軽い練習は水+食事の塩分で十分。健康な状態でORSを日常的に飲み続けると塩分の摂りすぎになりえます
5. 指導者・帯同スタッフへ:チームの命を守る3点セット
① WBGT計で「その場の数値」を測る
熱中症リスクは気温だけでは測れません。湿度と日射を加味したWBGT(暑さ指数)が判断の基準です。会場到着時とウォームアップ前に実測し、環境省の熱中症予防情報サイトの予測値も併用してください。日本スポーツ協会の指針では、WBGT 31℃以上は運動原則中止、28℃以上は激しい運動を避ける「厳重警戒」です。大会規定のクーリングブレイク運用と合わせ、数値で判断する文化をベンチに作ってください。
② アイスバス(全身冷却の手段)を会場に準備する
最重症の労作性熱射病(運動による熱射病)の救命率を決めるのは、「発症からどれだけ早く深部体温を下げられたか」です。氷と水を張った浴槽・簡易プール・大型タンクなど、全身を浸けられる冷却手段を会場に用意しておくことが、究極の保険になります。なければ、大量の氷水をかけ続ける・濡れタオルで全身を覆い扇風機で送風する方法でも構いません。
③ EAP(緊急時対応計画)を紙にして共有する
最寄りの救急対応病院・会場のAEDの場所・救急車の進入経路・誰が119番して誰が冷却を担当するか。試合前に1枚の紙にして全員で確認しておくと、いざという時の初動が数分速くなります。その数分が予後を変えます。
最重要:「Cool First, Transport Second(まず冷やす、搬送はその後)」
意識がおかしい選手が出たとき、慌てて救急車に乗せるだけでは冷却が遅れます。労作性熱射病では、119番通報と同時に、その場で全身冷却を開始するのが原則です(救急隊の到着を待つ間が勝負です)。意識障害・けいれん・40℃近い高体温があれば、ためらわず実行してください。
6. 保護者・観戦に行く方へ:あなた自身も「選手」です
真夏の連日観戦は、立派な暑熱暴露です。毎年、観客席からの熱中症搬送が起きています。
- 帽子・日傘・冷感タオル・十分な飲み物(水分+塩分)を持参し、こまめに日陰へ
- 幼いきょうだいや祖父母を連れて行く場合は特に注意。子どもは地面からの照り返しを大人より強く受け、高齢者は喉の渇きを自覚しにくくなっています
- 観戦中にできる大事な役割がもう一つ:スタンドからは選手の異変が意外によく見えます。ふらつき・明らかにおかしい走り方・座り込みに気づいたら、遠慮なく大きな声でベンチ・運営に知らせてください
7. 熱中症のサインと重症度:これだけは覚えて帰ってください
日本救急医学会の分類をもとに、ざっくり3段階で整理します。
- I度(現場で対応):めまい・立ちくらみ・大量の汗・筋肉のけいれん(こむら返り)→ 涼しい場所で水分+塩分、体を冷やして改善するか経過観察。改善しなければ次の段階として扱う
- II度(医療機関へ):頭痛・吐き気・嘔吐・強い倦怠感・集中力の低下 → 自力で水分が摂れなければ点滴が必要です。医療機関を受診
- III度(救急要請+即冷却):意識がおかしい(呼びかけへの反応が変、会話が噛み合わない、けいれん、まっすぐ歩けない)→ 迷わず119番+その場で全身冷却開始
レッドフラッグはただ一つ、「意識の異常」です。「疲れてボーッとしているだけ」に見えても、声かけへの反応が普段と違えば熱射病を疑って行動してください。なお、熱中症を起こした選手の当日中の競技復帰は原則不可です。回復したように見えても、体温調節機能はしばらく不安定なままです。
まとめ:大会前チェックリスト
- ☑ 暑熱順化を今から計画的に(1日60分×1〜2週間)
- ☑ 朝体重・尿色の記録習慣をスタート(基礎値づくり)
- ☑ 試合前2〜3時間の計画的な水分補給+アイススラリーのプレクーリング
- ☑ 試合後は体重差×1.5Lを数時間かけて、食事と一緒に
- ☑ 連戦中の朝:体重▲2%・濃い尿・倦怠感のどれかがあれば申告
- ☑ チームはWBGT計・アイスバス・EAPの3点セット
- ☑ 観戦する家族も帽子・水分・塩分・日陰
- ☑ 「意識がおかしい」→ 119番+Cool First
全国の舞台に立てるのは、47都道府県の予選を勝ち抜いたごく一部のチームだけです。その晴れ舞台が救急外来で終わらないように——準備は今日から始められます。選手・ご家族・指導者の皆さんが、最終日まで無事に走り切れることを心から願っています。
大会の組み合わせ・結果はインターハイ2026 速報ページで随時更新しています。歴代優勝校の一覧もあわせてどうぞ。
※本記事は一般的な医学情報の提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。持病や服薬がある選手の暑熱対策は主治医にご相談ください。緊急時は迷わず119番を要請してください。内容は日本救急医学会・日本スポーツ協会・環境省等の公開ガイドラインに基づいています(執筆時点)。